まださなぎ(旧)

誰かさんの蝋の翼。気負わず気楽に書いてくよ。

人国記、ざっくりと現代語訳

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【現在翻訳状況】畿内五国完訳。山陽道完訳。山陰道完訳。南海道完訳。

【未翻訳部分】東海道十五ヶ国、東山道八ヶ国、北陸道七ヶ国、西海道九ヶ国

 

人国記が面白そうだと読み始めたものの、わかりやすい全文現代語訳サイトが無かったの。

探しても探しても無い、無い、無い……なら自分で作る!

というわけで、DIY精神でちょびちょび書いていくことにしました。ぶっちゃけド素人の翻訳だから、間違いが合っても許してね。そっと教えてくれるとうれしいな。

 

 

(↑図は河内国。【新人国記】で書き足された地図)

 

底本(底サイト?)としては「http://yoshiok26.p1.bindsite.jp/bunken/cn14/pg511.html」のひらがな交じり文を使わせてもらったよ。

 

基本は一国ごとに、正確性より読みやすさ優先。(字義通りに出来ない言い訳でもある)

※印は素人注釈・翻訳メモ。一国ごとに入れてるよ。

誤訳してた部分の注釈は∇マークを使うこととした。

 

更新履歴

:2016/04/02 畿内山陽道訳了、次いで記事公開

:2016/05/12 記事中の<br>タグを<p>タグに変更、河内国の誤訳を修正、小さな言葉遣いをもろもろ修正

:2016/06/10  山陰道訳了、注釈文字サイズを80%から90%に変更、注釈の番号表記を各地域ごとに変更(更新時の手間軽減・底本通りに並べ直すことを考えて)

:2016/06/10同日 クレジットの部分での「近代デジタルライブラリー」というサイト名を「国会図書館デジタルコレクション」に変更(元サイト様の名称変更による)。本文中のサイト名は、書いた当時の空気を残すために、変更しなかった。ご留意いただけると幸いです。

:2016/06/10同日(三回目) 記事頭の翻訳状況の更新を忘れる凡ミスを修正

:2016/06/13 南海道訳了。目次部分にクレジットが出てない凡ミスを修正

:2016/07/22 カテゴリ分け変更ついでに、記事URLを変更。ご迷惑をおかけし申し訳ない。

目次

 

畿内五ヶ国

山城国京都府南部)

 山城国の風俗[※1]は、男女ともに自然で清濁分かりやすくて、例えるなら滞ることがない流水のような潔さを持っている。世に言われる「山城国は水のようだ」という話は正しい。水の如くどんな色にも染まる、それはつまり他の国々とは違って、何色に染まっても変わらないような布地が現在まで引き継がれているということだ。[※2]

 人々の身なりは美しく、女性の姿や振る舞いの素晴らしさといったら、どこの国でも真似できないほどだ。しかし、武士の風俗はあまり良くなくて、物事の子細まで手を付けられないでいる。

 ここは都があるから、楽器を自由自在に弾きこなす光景が常に見られ、同じように商売人などは遠い島々までも偽りをもって真実とさせる習わしを持っていて、まさに都といった感じがある。[※3]

 ただそれは、世を渡り歩くために真実を放って嘘っぱちを話すことを大元とする。だからたまたま誠実な人がいても邪な目で見てしまうし、もしくは嘘をついて誠実ぶってる人のように見えてしまう。

 そういう邪なる武士は千人に一人程度だけれど、元々の悪しき慣習から生まれてくるのである。それは全て、山城国で誠実である人が少ないからであり、だからこの国は義理を知らないのである。[※4]

 義理を知らないからこそ、勇気有る無しを判断するのにも、余所の事を持ちださなくてはならないのである。こういう気質が切り離せなくもあるが、本来は好き人[※5]のいる国である。

 

※1 勿論ながら、えっちい意味じゃない方の風俗。その国における身なり、身振り、習慣、しきたり、その他諸々を一つにまとめた言葉。要するに「その地域の文化」という意味。基本その意味で捉えてね。

※2 原文は「城州は其水潔ふして万色を染むるに其色余国にはるい違へる事氈従古至于今如斯」(以下「原文は」表記無し)

正直混み合ってて僕も理解しきれてないけど、「山城は清らかな水で万色を染め~」「他の国とは違って~」「氈(獣毛の織物)を従えること、古から今に至るまで~」といった辺りの解釈から、意訳した。

※3 「其所以考るに王城之地にして、常に管絃之楽を翫ふ事を見馴れ、或は商売之人等は遠国波島までも偽を以て実とする習なれば、殊に王城の地如斯し」。ここも怪しいが、「ここは王城のある場所と考えるに~」「常に音楽を楽しみ~」「商売人は遠い島々まで嘘をもって真実とし~」「本当に王城の地~」といった辺りから解釈した。

※4 「然れば總て此国の風俗実を用勤る人すくなき故、不知義理也」。読み方で意味合いが少し変わるけど、「この国の風俗は~」「実を重んじる人が少ない~」といった流れで解釈した。

※5 好き人は「数寄人」「数奇人」とかっても書かれる。風流なことや雅なことを解する人の意味。この人国記では、基本的に良い意味で使われてるっぽい。

 

大和国奈良県

 大和国の風俗は、表郡については大げさなことや見栄えの良いものを好むものが多い。[※6]奥郡の人は引きこもりな隠者気質であるが、基本的にこの国の者は山城国と似たような風俗である。

 かつては同じように都として栄えていたからこそ、風俗が似る部分があるのだろうが、山城国より人が少ないだけ、先鋭化している部分がある。表郡の者は名声にこだわるもの多く、常に言葉巧みに嘘をつき、支払うお金はケチった上で名を高められないかと願っている。[※7]

 しかも下劣さは言葉の外にまで表れて、平気で二枚舌で嘘をつく風俗である。[※8]もしこの国の人を味方につけたいなら、嘘つきなスパイを送って仲間割れさせるのが手っ取り早いだろう。[※9]

 奥郡の人は自然と内にこもる引きこもり気質。これは山深く、絶え間なく人と交わり道理を談ずる人が少なければ、自ら道理を知ることもない風俗である。自然に実直に振る舞う人はなおのこと隠遁したがり、世間を無いものとする。こういう振る舞いをするのは、型にはまった行儀作法だけ見聞きするからであろう。[※10]

 だからこそ、吉野の山奥に住まう人々は、五畿内の人より勝る人格者であり、潔い。にも関わらず、実際に起きていることを知らないからこそ、知恵あって道理に従い、真面目とまで行かなくても、邪なおごりたかぶりしない。だから自分を愚かだと自称する人が多い。

 もしここを手に入れたいなら、彼らを褒め称えて、他の全国の人々を働かさせずに愚かなことを行わせよ。そうすれば抑えていた部分が開放されて、彼らもおごりたかぶることだろう。都のきらびやかさや大きな名声に繋がれたなら、この気質もようやく折れる時が来て……千万人に一人二人は、その性格を忘れることだろう。[※11]

 

※6 「表郡は人之気大形名刹を好むもの多ふし。」名刹は名高い寺のことだが、どうもこの人国記の中では「名のある存在・見せかけの名声」的な使われ方であるように読める。本来の意味から皮肉的に転じさせているのだろうか。

※7 「而常に詞に偽を巧みにして、上分は巧みすくなふ而名を挙んことを願ひ」上分は領主が寺社に支払う寄進のことを指している、らしい。年貢全般を意味する言葉でもあったらしいが、この文章と書き手の皮肉屋ぶりからすると、前者の意味合いではないかと解釈した。

※8 「下劣は於言句之下而偽を述て両舌を吐く風俗也。」正直言って、最初らへん難しくてよくわかんにゃい。一応はスタンダードであろう方向で解釈した。詳しい人だれか「於言句がどうの」ってあたり教えてください。

※9 「若是国之人を味方に従はしむるには讒者を以て人之気を可分名刹無き則は速に分つ。」讒はざん言のざんで、讒者はわざと酷い嘘をつく人の事。要するに……というわけで、わかりやすくスパイと訳した。

※10 「形儀をのみ見聞が故に如斯之風儀多し。」形儀とは「行儀作法・行い」のことで、風儀は「風習、態度」のこと。人国記の中では、形儀は「型にはまったお行儀作法」、風儀は「その場所の全般的な様相」として使われている……っぽい。ごめんなさい、言い切る自信はないです。

※11 「若是を取をば、其威を仰て気を悦ばしめて、我が国を全ふ而国人を不労而自を愚を行はせよ、さある時は陰却而陽に変じ、驕奢之気出るものなり。都而名刹名聞につながれて気質に勝ちたると可知也。千万人に一人二人は国風を忘れたる人もあり。」まあ、所謂ジョークというやつだろう。それほどまでに、吉野山に住まう隠者は素晴らしい心を持っているという褒め称え方。この人国記では非常に珍しいべた褒めである。

 

河内国大阪府東部)

 河内国の人は、位の上から下に男女を問わず穏やかで優しく、雪が降った朝に一本の枝がたわんでいたとしてもその枝を折らないほどであると例えられ、上手である都の風俗と似ている。だからこそ、富める者はことごとく士農工商の者たちを見下す心が強い。[※12]もし気を穏やかにして、物の道理を知ることができれば、素晴らしい人も出てくるだろうが。[∇1]

 上河内郡は山城の国と変わらない風俗である。下河内郡は真面目で頼もしきところがある。[※13]丹南郡、石川郡、錦部の人は他のところと違って、知恵があって品がある。

 言葉は山城国と似ているが、身分の上下に関わらずことごとくが卑劣である。この国の人をなびかせるには、政治をゆるくして気風を同じくする論客としっかり話すことが、穏便に従ってもらう手だろう。上から権力を振るうと、それを嫌って反発する者が多い。

 もし彼らのリーダーとなってしまうと、絶対に妬まれて災いとなるだろうから、逆に彼らの敵になるべきだ。また言葉をもって彼らを批判すると、かえって彼らの憤りを呼び込んで、見かけは従ったとしても服従しなくなる。この性質が沼のようになって、評判がガタ落ちになるぞ。[※14]

 

※12 「然れば士農工商どもに富貴成人は都而驕り之気有て人を足下に見いやしむ心強し。」要するに都と同じように、貴族は平民を見下してるってこと。

※13 「下河内郡は人之気直に而頼母敷き処有。」恥ずかしながら僕では意味がわかんなかったけど、グーグル先生が奥の細道の俳句を出してくれたから、意味を察することが出来た。やはりグーグル先生は「頼もしい」。ということで一つ。

※14 「亦自を言を出て人を誹る時は還而是国之人はいきどをり深くして従ふやう成ども服する処なかるべし。寔に其国其濕土に因て音声之替ること可知事也。」少し入り組んでるけれど、「人を謗ると逆に怒りを買う(上からの押し付けは嫌われる)」「この濕土(湿地のこと)によって音声が変わることがある」の二つから解釈した。湿地ってのは人々の性格を地盤に例えてて、音声は評判とかのことだろう。

もしかすると「人の声=意思表明器官=トップの座」の例えかとも思ったが、ひとまずはスタンダードに訳した。もしこの例えとして訳すなら、最後の部分は「この性質が元になって、トップが入れ替わることもある」となる。

 

∇1 記事公開時は「しかしながら、温和な性格で物の道理を知る素晴らしい人も存在している。」となっていた。が、原文での「――名高き人も有るべき也」とあるのを見れば、明らかに違う。はい、誤訳です。

 

和泉国大阪府南西部)

 和泉国の人の風俗には実直さがない。まあ千人に一人二人くらいはそれを持つ人もいるけれども、基本的には有能なものはおらず、ましてや名人と言われるほどの人は滅多にいない、末法の世めいた場所である。

 元々この国は河内国紀伊国より分離した国だと聞いている。そこから風俗の詳細を見ていくと、人を騙くらかす文化である。

 出家修行者や他国商売人が金銀を蓄えているのを見た時に、関東の人間を殺害したりはしない。が、一旦信頼させた後に奪い取るといった文化である。[※15]。これは根本の部分に実義が少ないからで、例えるなら切れ味の悪いカミソリのようなものだ。

 人が進んだ後の道には、その人となりが現れるというけれど、彼らの場合はカミソリの刃金が少ないからであり、後から矯正できる部分は無いに等しい。[※16]

 たまたま実直な人が居たとしても、このお国柄から抜け出そうとする人がいないからこそ、固めた決意も堕落して消えていくのである。

 この国の石津、神馬の藻・塩・船乗りは素晴らしく、他の国をゆうに五日以内に傾けてしまうだろう。えばりちらしつつ兵法をもってこいつらを使えば数日だってかからないぞ。[※17]

 その次としては、疱瘡になっている者が多い。[※18]篠田明神には野狐が多く、この狐共はよく人を騙してたぶらかす。そんな風にこの国は、ただの狐に衣服を着せたようなものだ。とても頼れはしない。特に和泉府、日根は最悪。[※19]

 

※15 底本としたサイトでの原文では「而懐けて後に品を以てかどわかす羅之風儀なり。」だが、近代デジタルライブラリーで確認したところ[http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1062520/39]「懐ケテ後ニ品ヲ以ッテカトワカス等ノ風儀ナリ」とあった。よって、「羅」を「等」の字であると修正して訳した。

※16 彼のかみそりのはがね少なきが如き故に、後には可用様なきに等し。」はがねは刃金又は鋼、どちらにしても切れ味を出すための金属のこと。どんなに研いだり磨いたりしても、元がダメなら良くならない。その例えだろうと解釈した。

※17 原文は「風俗且而実儀なく」。この人国記の著者は随分と実儀という言葉を重視する人で、その使い方での実儀は「実際にあること」「形を伴うこと」といった意味を越えて、「(武士にはとってもとっても必要な)実のある部分」といった使い方に見える。つまりこの著者さんとしての「実儀無し」とは即ち、「腑抜けた奴・クズな武士」ということなのである。
※18 「石津神馬藻鹽船乗りは余国を傾けん事は五日之内也。威を高く振卒法を以て是を動は不可経数日也。」脈絡がなく、正直真面目に解釈するには意味不明な文章。間違いなく皮肉であろうと解して訳した。

※19 疱瘡は天然痘のこと。転じてひどい水ぶくれのできる病気、特に梅毒もさすようだ。悪いことは言わないから、覚悟なしにウィキペディア先生で調べないこと。

※20 原文では「されば此国は唯野狐に衣服をしたるに似たり。不頼也。別而和泉の府日根悪し。」皮肉が多い人国記の中でも、ここまでボロクソな書き方は珍しい。著者は相当和泉国に思うところがあったと見える。

 

摂津国(大阪北・中部、兵庫県南東部)

 摂津国の風俗は、山城国と似ている。この一帯はどこも好きになれない。

 武士の行うべきことは「武士の生き方」に他ならないというのに、この国の武士は町人や百姓が行っていることを「自分の生き方」として真似ている。武芸を学ぶのは、ただ世を渡る時間つぶしとしか考えておらず、嘘やお世辞を使う者も多く、まことの武士とは言えないものばかりだ。[※21]

 町人は町人で、武士の真似事を行って、町人が行うべき事を行わない。例えば座敷の上に兵具を並べて嫌味を口にしたり、派手な刀や脇差しをこしらえて金銀を浪費したり。自分の生き方を大げさに装って、百貫を持つ者が千貫も持っているようなドヤ顔を浮かべる。[※22]そういった、自分が滅びるだけでなく、他人にも損をかける風俗である。

 北郡の者は少なからずなれど実直さを持ち、武士も中々力強く、媚びへつらう心も少ない。といえどもお国柄を免れていることはなく、百人中九十人は欲深い。この国の人を手中に収めるのなら、力強さを押し出してきらびやかな飾りや金銀をもってなびかせるべきだ。しっかりと考えず、自己中心的な風俗がゆえに、欲に気を取られ威光を恐れることであろう。

 されども和泉国と比べたら、はるかにマシである。もし甘い対応を見せたらすぐさま付け上がり、かえって問題となるお国柄である。[※23]

 大和国山城国河内国それぞれから分離した成り立ちだからこそ、四カ国の風土が一つに集まっている。だから良いこともあれば、悪いこともある。といえども、嘘と見せかけだけの弱々しい性格の国なので、軍事的なことには期待できない。[※24]

 まあ、義の心を知っているものもいるにはいるが……北郡を差し引いての話である。

※21 「先武士は町人百姓のなす所を我が業と覚て是を真似、而も其当然を勤る処は武士之業之様なれども、武芸を学ぶは渡世之為光陰を送らん所作也と覚ゆる風俗にて更に武士之武士には非ず、而偽り諂ふ類之人多し。」文章の意味はなるべく変えないように注意しつつ、読みやすさを重視し、順序を変えて訳した。

※22 「百貫之身体之者は千貫も持たるやうに有徳顔して」。「貫」は当時の金額価値を示している。現代の基準で例えるなら、「資産一千万円の者が一億円も持っているような~」といったところだろう。
 「有徳顔」がどういった顔なのかは分かりにくいが、文脈的にさぞウザそうだと仮定して訳した。どうだぁ(ドヤァ)

※23 「若柔に而示す則は威を奪はれ、還て害と成べき国風也。」とにかく権力に弱いということなのだろうか。そしてその直前では、和泉国バッシングリターンズ。和泉国を尋常じゃなく嫌っていることだけは伝わってくる。

※24 原文は「惣而之風儀柔弱虚談之国風故武は用るに不足也。」柔弱で虚談ばかりの国風ゆえに「武は用いるに足らず」。僕が浅学なこともあって、この言葉が「この国は武力的には頼りにならない」の意味か「この国を収めるのに武力を使う必要はない」の意味なのかはわからなかった。ひとまずは前者の意味として訳したけれど……詳しい人誰か教えて下さい。

 

山陰道八カ国

丹波国兵庫県北東部、他)

 丹波国の風俗は弱々しく、誰しも似たり寄ったりであり、十人が十人とも自慢好きで、人を誹謗中傷してばかりで、他人を褒めようとはしない。更にはもっと格上の存在と比べてでも、とにかく批判しようとする。

 人々はどいつもこいつも女々しく下劣で、本来行うべき畑仕事をほっぽり出して、商売事を本業に一山当てようと常に企んでいる。ことごとく勇ましさがなければ疑う心が強い。

 昨日の味方も今日には敵になり、いくらでも立ち位置を変えて世渡りを図る生き方は、まさに哀れと言って差し支え無いだろう。[※1]

 自然に能力のある人材が生まれれば、また穏やかな気性によって育っていく風土であるからこそ、悪い側においても同じことなのだろう。[※2]天下が乱れた時にこの国を治めようとすれば、五日以内に従わせることができるだろう。

 

※ 1 原文では「都而勇寡ふ而滔(正しくは言偏)強く昨日味方に有し、人も今日は敵となり、而前になり替り渡世する類之風俗最哀れ成形儀不及、是非事とも 也。」「滔(正しくは言偏)」との通りに正しく書くと「謟」。訓読みでは「うたがう」と読む、らしい。その部分は疑いと訳して、また最後の部分もざっくり と意訳した。間違ってたらごめんね。

※2 原文では「雖然自然に能き人出生せば、気の柔なる意地より成立風儀なれば、雙ふ方も出来べし。」雙ふ=並ぶがどういう意味かに迷ったが、文脈と筆者の性格からして、いつもの「上げて落とす」皮肉であろうと解した。

 

丹後国京都府北部)

 丹後国の風俗は、身分の上下、男女の違いに関わらず、好き人が稀である。千人、いや一万人に一人もいないだろう。[※3]

 気質はまっすぐでなく、気は弱く、勇気は少なく、誠実さも少なく、しかも邪な知恵だけはあって、使い物にならない。すごいところといえば、ハヤブサやタカだけだ。[※4]

 人々の気性は、素直であれば勇気なく、勇気あれば邪であり、また愚かさを持つ。誠実であっても威勢を伴わず、とかく扱いに困る国である。[※5]

 この根本には、ここの風土の悪さがある。

 

※3 原文は「上下男女共に千人万人之内に過ても一人も好人稀也。」そのまま訳すと「身分の上下男女に関わらず、千人万人の内に一人もいないくらい、好き人は稀である」となるが、読みやすさを重視して配置を入れ替えた。

※4 兵庫県の山岳地帯は猛禽類の生息地として有名。天然記念物のイヌワシや、その他鳥類が豊富に生息してるんだよ。兵庫Tips。

※ 5 「誠実であってもやる気が伴わず」の原文は「実あれば気不叶」。「実があっても気が伴わない」の意味であろうが、この実と気の意味がいまいちわからな い。実は他の部分では「誠実さ」として訳しているが、この部分は特に「能力があっても~」との意味にも取れる。が、一応は他と同じ意味で訳した。

 もし実を「能力」として訳すなら、「能力があっても気質が伴わない」となる。

 

但馬国兵庫県北部) 

 但馬国の風俗は、丹後国丹波国よりは勝る。根性に実直さを持ちあわせており、とりわけ出石・気多・城崎・ニ方の四郡の者は頼もしき意地を持っている。

 朝来・養父の二郡の者は意地汚く盗人が多い。両丹[※6]は中立の立場から見れば、善にも悪にも従う気質である。[※7]
 

※6 両丹は丹後・丹波二国を指す言葉。

※7 原文は「両丹の風俗之中分にして善にも悪にも従ふ風儀也。」中分は「半分で切る・公平に見る」といった意味。善にも悪にも従うという部分は「良くもあり悪くもあり」とも読めなくもないが、あえてそのままに訳した。

 

因幡国鳥取県東部)

 因幡国の八上・智頭・邑美の三郡は誠実で、しかも勇気があって約束を破らない。高草・気多・巨濃の三郡は邪で悪知恵多く、丹波の風俗に似ている。武士は名声や利益ばかり重視して、体裁の良いほうに味方する風俗である。[※8]

 一つの国でも気質が変化するのは当然のことであるが、人が生まれつく場所の正・不正によって影響されるのも、また当然のことである。[※9]

 

※8 原文は「武士は名利々欲にかゝはりて、徳之つく方に従ふ風俗也。」名利は「名声・利益」のこと。徳は一見すると良い意味に見えるが、文脈を考えると「目に見える富・世間体の良さ」といったところだろう。

※9 原文では「一国之内に如斯風儀之替る事寔に天性自然の理とは云ながら、気質之禀る所之正不正に因て如斯成事可見也。」要するに良い人が生まれる場所は良い土壌で、悪い人が生まれる場所は悪い土壌であるということ。

 

伯耆国鳥取県中部・西部)

 伯耆国の風俗は、半分誠実半分嘘つきといったところである。三日善行をすれば、三日悪行を習う。例えば素晴らしい人と交流すれば、忽然と誠実な性格になり、その人を離れて三日過ごせば、性格は本性に戻っていく。

 そして取り戻した悪心の赴くままに、人の道を外れると行動と知って悪いことだと理解していても、そのまま流されていく。[※10]

 これは終わらぬ迷闇の中にあるようなもので、己を省みようという心は終に起きない風俗である。[※11]

 世において、何かを行おうとしてもすぐに怠る人を「三日坊主」と言うのは、この国の風儀からである。[※12]

 知りながら省みようとせず怠るというのは、勇気が大いに不足しているからであろう。

 

※10 原文は「亦其人を離れて三日不親則は本性に還、而悪心を発而心之趣く所に従て不道なりと知りながら而も行ひ不義と見ても、是に與し」そのまま訳すとどうしても分かりにくい文章になったので、ざっくりと意味を取り出した。

※11 原文では「一生迷闇の地に有て定る心、終に無之風俗也。」迷闇は仏教用語で、読んでそのまま「迷いの闇」のこと。そのつながりで「定る」というのは、仏教用語においての用法だと解釈した。

 読みやすさを考慮すれば「永遠の暗闇」とでも訳したほうが良かっただろうが……仏教用語は外せないよ、やっぱり。宗教好きだもん。

※12 原文では「されば今世下劣の言葉に物之執行に進て怠り安き者を三日そうと云事、是国の風儀より始と也。」この部分を近代デジタルライブラリー「旧新人国記」で見てみれば「三日ゾウ」とある。原文からして、個人的にはボロクソ感をもっと強めたい所ではあったが、ひとまずはシンプルに「三日坊主」と紹介するだけとした。

 

出雲国島根県東部)

 出雲国の風俗は、百人に六、七十人ほどが万事において実直な者である。しかし事の明暗をはっきり分けず、道理もわきまえず、善も悪も邪も正も、何もかもが仏神に願えば必ず成就すると思う風儀である。なんと愚かなことだろうか。[※13]

 それは『謀(はかりごと)を巡らす者は、仮に目先の利益を得られたとしても、後々必ず神が罰を下し、正直者は、一時のひいきは無いとはいえ、最後には天地の神々の恵みを賜るであろう』との託宣を知らないからできることだ。[※14]

 また「神ほどの者は非礼を受け取らず、正直なる首に宿る」とも言うのだから、悪い欲望たっぷりで仏神を祈ったところで、加護を受けられるわけがないだろうに。[※15]

 神明を重んじる事は、日本が持つ古くからのならわしであるけれども、この国(出雲国)はどいつもこいつも、神明を知らないのである。

※13 原文は「愚蒙之意地也。」愚蒙は「愚かで道理を知らないこと」で、ひどくボロクソな部分。一見すると著者が神仏を軽視してるようでもあるが、続く文章を読むと真逆であることが分かる。

 むしろ著者があげつらっているのは「邪悪な欲望」を神仏に願う愚かさで、その芯に秘められた深い信仰が伺える文章になっている。

※14底本としたサイトの文章には二重括弧は存在しない。近代ライブラリーでの資料を元に追加した。一つ目の文章(原文は「謀計雖為眼前之利潤、必当神明罰。正直雖非一旦之依怙、終蒙日月之憐」)は、三社託宣とも呼ばれる有名な託宣。

 三社託宣部分の現代訳については、「西野神社 社務日誌」様から勝手に引用させて頂いた。(三社託宣当該記事はhttp://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20071020

 やはり餅は餅屋、神道神職。この場を借りて勝手にお礼申し上げます。(許可を取らなくても引用だから平気だと甘く考えてしまって)ごめんなさい。

※15 ここでの二重括弧も底本にはない。(近代ライブラリーでの原文は「神者不受非礼、舎正直首」)神仏の言葉を知らないがゆえの愚かさを批判している。

 

石見国島根県西部)

 石見国の風俗は丹後国と異ならず、嘘偽りばかりで実直な人はまれである。

 ここもハヤブサ、タカについては良く、人の風俗は好きになれない。実直な人は千人に一人もおらず、知恵ある人は日々夜々に悪しき心を挟む、まことに言語道断なる国である。[※16]

 

※16 原文は「智有人は日々夜々に悪心を挟言語道断と可知。日々夜々は「毎日の生活」と訳しても良かったが、カッコいい響きなのでそのままとした。

 

隠岐国島根県隠岐郡)

 隠岐国は弱々しく、勝手気ままな風俗である。知夫里郡の人は実直にして頼りがいがあり、海部・周吉・穏地の三郡は風になびく草のようで、後追いしたがる良くも悪くもない文化である。

 離島ではあるものの、石見国と比べればはるかに上である。[※17]

 

※17 原文では「石州」。石見国の別称だということで、わかりやすさを取った。それにしても石見国へのヘイトがすごい。

山陽道八ヶ国

播磨国兵庫県南部)

 播磨国の風俗は、知恵はあれども義理を知らず、親は子をたばかり、子は親を出し抜くといったもの。主君は領地をほとんど与えないで好き者[※1]を雇いたいと目論むわ、部下になろうって奴も奉公を二の次に、おべっかを使って領地をもらおうとするわ、どいつもこいつも盗賊の振る舞いばかりしている。

 この国の侍どもは使えない出来損ないばかりで、(他の国の)若き侍の風上にもおけない。[※2]だからこの国は、太古の昔からの歴史を持つものの、一つにまとまったことがない。[※3]。

 

※1 好き人に同じ。人国記では基本良い意味で使われてるっぽい。

※2 原文は「侍は中々不好不及是非也。若き侍の風上にも可置国風にあらず」。不好は「出来が悪い、好きになれない」不及は「及ばない」是非は「批評」的な意味合いとして、ざっくりと解釈した。

※3 原文は「偏に是国は上古より如此の風俗終に暫くも善に定る事なし。」善に定まるが「治世を敷く」か「善の考えが広がる」かのどちらの意味に取るか迷ったが、僕として思う播磨国像を含めて解釈した。

 ちなみに、播磨国は縄文以前から歴史があるんだけど、骨肉の争いばかり繰り返してたんだよ。播磨豆知識ね。

 

美作国岡山県東北部)

 美作国の風俗は、百人中九十人は何事にも卑劣で、欲深い。例えば借りたものを返さず、他人の手柄を自らの物としたり、片意地が強く優越心が強い。

 過ちを犯して、誰かに諭されたとしたら、その諭しを邪推して聞かなかったように振る舞ったり、自分の過ちを他人の過ちだと主張したりして、意地を貫き通そうとする。これは上から下まで誰を見てもそうである。

 しかし、侍十人の内三、四人はきちんとした考えを持っている。まあ、心の奥底には意見を変えたがるところがあって、頼りにならない部分もあるが……石見国よりはマシであろう。

 

備前国岡山県東南部、他)

 備前国の風俗は、身分の上から下まで全ての人間が利口である。だからこそ、万事において利口さを押し通そうとする部分があって、十個の言行の内五つ六つは食い違っている。

 しかもおべっかが多くて、階級の高い者の意見にすぐなびく。どんな者でも受け入れると振る舞いながら、内心ではバカにしている。[※4]主は部下を食い物にして利益を求めて、部下は表面的には主に従いつつも、内心では不快に思っている。

 善行を大事にすると言いながらも、実際のところは名声を獲得するための偽善であることが多い。例えば芸術作品を作ろうとする時、十人が九人手段を選ばずに作り上げて、それを親友の前では自分一人の成果であるとひけらかし、親友もパクリ元を知ってて知らないふりでべた褒めする。[※5]

 または、戦いに用いる兵器兵書を飾り立てて、実直な侍だと人に思われることを好んだりと。見せかけの名声に目を奪われて実を失い、虚をふるまう。もしこの国の人と、知恵もなく学もなく志もない人とを比べたとしたら、はるかに後者の方が上であると言わざるを得ない。[※6]

 もしも若く能力がある人が出てきて、こういった気質を改善しようと試みたならば、「百人中一人か二人従ったら他も従う」気風だけに、五十年ほどしたらまともになるか。もしくはならないであろう。

 

※4 「善悪邪正を不撰而ぬき好むが如くにもてなし、内心は侫を含みて誹謗する事」。善人悪人邪悪正当を選り好みせず=どんな人でも構わないともてなしつつも、内心では邪な心で誹謗中傷している、の意味になる。

※5 「譬ば芸術を執行ふに十人が九人善悪に不構其事を成就せしめて、是を朋友の於前には我一人之様にふけらかして、而もその奥意之至公成処は夢にも不知而如斯にもてなし」。自慢する側は平然と自慢して、受ける側も平然と褒め称える、ということ。少なくとも僕はそう解釈した。

※6 「不及是非雖然不智不学不志之人にたくらへて、是を見る則は事里ともにはる/\上也。」とある。が「たくらへて」が何を指すのか始めはわからなかった。しかし近代デジタルライブラリーの「六十六州人国記」[http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778952/77]を見るに「タクラベて」とある。それをもってこれは「他比べて」の意味であろうと解して訳した。ありがとう近代デジタルライブラリー

 

備中国岡山県西部)

 備中国の風儀は意地強く、侍を初めとして百姓男女までも勇気の義理を励ます心を常に持っている。しかしながら不敵で恐れ知らずの意地も持ち合わせるゆえに、道理をわきまえないことが多い。

 例えば兄弟が口論すれば、兄は弟を悲しませて、弟は兄を敬おうとせず、結局キレて兄弟で切り結び、遂には人死が出てしまうことで溢れている。[※7]

 ただ、この国の備前堺より半国は不正を繕うようなところがあるので、西郡ほど実直であるようなことは、そうそうない。

※7 原文は「譬ば兄弟口論をなして兄は弟を哀ます。弟亦兄を敬と云心を不弁一気勢に随て兄弟と而切結、終に討果すの類儘有と見へたり。」かなりざっくりした訳し方にはなってしまうが、わかりやすさ重視で訳した。

 それにしても、すごい例え話だ。

 

備後国広島県東半分)

 備後国の風俗は実直で、一度約束したことを破ったりすることが少ない。しかし愚かさ故に、実際には出来もしないことを請け負ってしまい、ついには悪名を手に入れてしまうことが多い。

 だいたいは西備中の風俗と似ており、武士の振る舞いも同じようなものである。

 

安芸国広島県西部)

 安芸国の風俗は、人の気質はしっかりしたほうだけれども、心が自然と狭く、「自分は他人の言葉を待ってから、他人は自分を待ってから」という部分が常にある。

 他人の善行を見てもさして褒めず、悪行を見ても批判せず、一人ひとりが「自分を超えるのは千人に十人程度だろう」といった意地を持っており、世間の嘲笑をも厭わぬ風儀である。

 侍たちは形式的な部分を重んじている。だからこそ頼りないようであるが、心の奥底では実践を重視する部分があるからこそ、良きところも多い。この気質から離れることが出来た人は、名人ともうたわれるようになる様相である。

 その中でも、佐伯、沼田、加茂郡の人々は律儀で裏表のない良き人々である。

 

周防国山口県東南半分)

 周防国の風俗は律儀第一ではあるが、吉敷・佐波・都野の三郡の者は義理少なく、昨日まで親友として肩を並べていた人であっても、今日に具合が良ければすぐさま主君と仰ぐ風俗にて、普段の律儀も利欲のために無になり、法を背く人は百人に七、八十人にも上る。

 そうでない二、三十人の人柄はある程度の嗜みがあれども、結局は「右にならえ」となってしまうために、全員が同じ風俗となってしまう。

 大島・玖珂・熊毛の三郡の人は、西群の人よりかは少しマシか。[※8]しかしこれも堕落の方に流れていく風儀である。能力のある人が出てくるのも稀なれば、悪事が少なく善事が多くなることもまた稀である。

 しかしまあ、この国の人々は気が小さいから、つれなく振る舞われても反抗したりはしないのだ。

 

※8 底本としたサイトでの原文は「大島玖珂熊毛三郡之人は両郡の人より少はまし也。近代デジタルライブラリーでは「両群」の部分が「西郡」とある。[http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778952]文脈に違和感がない後者の方を採用した。

 

長門国山口県西半分)

 長門国の風俗は何事においてもこれといった点はない。[※9]人の声色も低く、高い声を出すことも無く、[※10]人に物を頼まれても簡単に引き受けず、しっかり考えてから返答を返す。また誰かと談義するにしても、十の物を七つ八つに区切ったりしない性格である。

 とりわけ武士の風儀は良くもなく悪くもなく、「自分は誰かを頼り、誰かは自分を頼り、互いに助け合う」といった文化。遠慮しすぎて大問題になってしまうこともよくあることで、誰かが過ちを犯した時には、それが相手への批判中傷となっていく文化でもある。[※11]

 それは様々なことを覚え、学ぶことに力を入れるとも言えるけど、気性に影響を与えるほどの意地が無いからこそ、怠惰心が頻発して中途半端にやめてしまう者が百人に六、七十人ほどいる。これは元々努力し続けるような精神が欠けており、独力で道を切り開くことを大事にする心持ちが弱いからである。[※12]

 ここに述べた武士の気質は、けして良きものとはいえないだろう。もしここで心の強さを見つけ出し、努力を続ける人がいたとしたら、その人はお国柄という垢を捨て去って、名のある人にもなりえるだろう。その心がない奴は……まあ、生まれつきのずる賢さをせいぜい活かすことだ。[※13]

 

※9 原文では「万事差掛りたる事無之也」。六十六州人国記での表記を参考に解釈した。要するに「独力ではわからなかった」という懺悔です。

※10 原文では「されば人之音声も下音に而上拍子成事無」。上拍子とは高い音のことで、つまりは高い声をさす。どうもこの人国記の内容では「高い声=信頼できる」「低い声=怪しい」的な意味合いがある。が、僕は正直その辺り全くわからないので、当時の文化に詳しい人誰か教えてください。

※11 原文では「毎物遠慮過て大事に構るに、人之過ちある時、人是を誹るを以如斯之意地より出る形儀也。」お互いへの強い遠慮から、遠慮を破った者への反発が生まれる。たぶんそういうことだと解釈……ごめんなさい、このへんちょっと自信ない。

※12 原文では「是皆勤る意地すくなく独を慎之気弱きの故也。」全員が元々勤勉であるわけじゃなくて、他人のことをチラチラ意識してるから……といった意味であろうと解釈した。

※13 原文では「無左士は随分利根也ども用て節に当るべきといわん哉。」左のこと(これまでの文章)を持たざる武士は、生まれつきの賢さを使え。と読むとそこまで悪い意味ではないが、この人国記の著者はかなり「賢しらな奴はクズ。武士たるもの実直で真面目であるべき」といった人なので、これは完全なる皮肉であろう。

 

南海道六ヶ国

紀伊国和歌山県三重県南部)

 紀伊国の風俗は不律儀第一であり、人々の表面に現れ出た性格は甚だしく、いやしい。[※1]

 上に立つ者は下を食い物にして、下に控えるものは上を侮り、都が定めた法令を受け入れない。なんと口に表すにも呆れることか。[※2]

 牟婁、日高、在田の三郡の人は特にそうだが、我慢して意地を強く立てるかと思えば、弱きものを声高になじるようなところがある。そういった部分は奥意にまで到達していないゆえに出てくるのである。[※3]

 例えば、昨日味方であった人が弱体となったならば、今日には敵となり、仕える主に問題が起きたと見れば、すぐさま本意を変えることも厭わず、リーダー無しの一揆をも企てるほどの風俗であることが、彼らの言説にもはっきりと現れている。[※4]

 こうなってしまう理由は、どの郡もが自らを「名主」と自称し、これを「庄司どの」と呼んで、これを主君のように仰ぎ、勢いづいている時はこれに先立ち、後退する時は共に従って「蟄居」するといったたぐいのことに見える。[※5]

 そういうことは源平合戦の時代から聞き伝えられているものだが、その有様を見るに、本当にその通りだと思い当たるものがある。[※6]

 その気質はしっかりしているとはいえず、頼りがいの無さからして、何事に置いても使えない。[※7]

  ただ、伊都・名草・那賀・海部の四郡の人は、南部の郡よりは穏やかである。しかし、さしたる点は意地の一点のみであって、なじるような心が微塵も無いのだ といえども、善悪を知りて多くは悪意に従うほどのワルさはないといえども……欲深さにおいては、日本広しといえど並ぶ国が無い。[※8]

  とかく武士の風俗は自らの保身を一番に置いて、常にこびへつらいを尽くし、放逸(という言葉の意味)を知らず、ただ心の収まるところに従いて、利口を目の 前に表し、律儀ということ・誠実ということを露ほどにも行わず、しかも武技を弄ぶようなことばかり行い、ついには誠実である事無く命の終わりを迎えて、恥 をかく人が千人に九百九十人いるような始末。[※9]

 両伊・両丹・石州の五ヶ国よりは意地が強い。碁石・わらび・ひるについては良い。[※10]

 

※1 原文では「陽気甚しくいやしく。」現代語でよく使われる陽気さの意味でなく、陰陽思想での陽の気だと解釈した上で訳した。

 陰陽思想での陰気は「影になり引っ込んでいる部分」で、陽気はその逆の「照らされて表に出ている部分」を指す。故にこの場合での陽気は「表面から伺える人の気質」だと解した。

 ちなみに六十六州人国記での当該部分は「此國の風俗、不律儀にして陽氣甚だしく」と表記されている。こちらの書き方だと、逆に現代語での陽気さに近しい意味に見えてくる。日本語はなんと難しいものか。

※2 原文は「更に言語に絶たり」。断絶……を意味しているのはわかるが、この訳でいいかイマイチ自信がない。

※3 原文は「亦弱く而詰る処之奥意不極して」。正直言って、自信ない。「劣っているものをなじるところ……」という意味か、「劣っている癖に意気揚々となじるところ……」という意味か、どちらのようにも読める。

 後半部分は後半部分で、「人の心の奥底」か「一つの道の果て」かの二つに迷う。ひとまずは後の文脈も考えて、スタンダードで意味が通じやすい方向に解した。詳しい方がいましたら、教えていただけるとありがたいです。

※ 4 原文は「譬ば昨日味方たりし人之弱身なれば、今日は亦敵となり、其従ふ処の人に大事有と見ればさすが本へもかへる事をはぢ、頭なしの一揆をも企る如く の風俗、言舌に顯然と而備れり。」難しい言葉遣いが多くて、正確に意味を理解してるとは言いがたいけれど、文脈としては概ねこのような意味であろう。

※5 聞き慣れないがすっきり訳すのが難しい単語は、括弧の中に収めた。名主は「領主から田畑の経営を請け負った存在」のことで、庄司どの(原文では庄司殿)は「年貢の取り立て人」のこと。蟄居は「引きこもること」を指す。

 要するに、それぞれの郡が「俺たちがこの地域のリーダーだ!」と主張して、縄張り争いを繰り返している……ということだろう。

 原文一番始めの「因茲見之」は「この因をこれに見るに」と訓読して、順番を組み替えた。

※6 原文では「治承の乱」。wikipedia先生を見るに、こっちの言い方のほうが正確だったが……「源平合戦」のわかりやすさには勝てない。正確性とわかりやすさの二択なら、後者を取りたいと思っています。そんなにわかりやすく訳せてもいないけどさ。

※ 7 「かたくへなく」ってどういう意味だよ! ごめんなさい、ここはマジでさっぱりわからなかった。一応読みと文脈から、「気分の一貫性の欠如、頼りがい の欠如から、事すべてにおいて難しいと言える」という意図を捏造したけれど……。すみません、ここはほんと、ご教授願いたいです……。

 (追記:「かたくへ=頑な」という注釈の載ってるサイトを見つけた。それなら一応似た意味になってるけど……もう少し調べてみます。)

※8 持ち上げて落とす、王道皮肉文章。始めの「差掛りたる」という部分だけが、やっぱりわからない。長門国でも悩んでた気がする。とりあえずは長門国での訳と同じ方向性で、「さしたる」という感じかと解した。

※9 文言そのままで訳せなかった場所は主に二箇所。一つは「而放逸を不知」とある部分で、二つ目はは「雖務終に無実して其業数を覚て」とある部分。

 一つ目を字義的に「放逸を知らず」と受け取ると、どう読んでも褒め言葉になってしまうが、そうするとこの文脈と真逆の流れになってしまう。人国記の著者おじさんは、一文の流れを正確に守る癖があると見ているので、こういう意図ではないかと解した。

  二つ目は「業数」という言葉の意味。ここも一見すると意味が通じなく見える。ただ、放逸が仏教用語である以上、恐らくはここでの「業」も仏教用語ではない かと考えた。日本に伝来した大乗仏教において、己の業の数を覚える時はやはり、閻魔大王様のお裁きであろう。というわけで、その線で最もそれっぽい流れに 訳した。自信はあんまり無い。ごめんなさいね。

※10 ケチョンケチョンに貶した後で、フォローとばかりに物品だけ褒める。この皮肉ぶりが好き。

 

淡路国兵庫県淡路島・沼島)

 淡路国の風俗は、遠島の国であるからか、人の気は律儀で何事においても嘘が少ない。例えるならば、自らの親類縁者であっても道理を正し、たとえ貧しい道端の乞食に対してでも道理を正す、そんな風俗である。[※11]

 しかし、全ての部分において、怠惰の気がはなはだしい国風でもあり、物事がしっかり定まるこ少なく、暇を持て余した人にあふれている。[※12]

 武士の風俗も優秀ではあるが、とても達人が出てくるような国ではない。[※13]

 

※11 良い部分を褒めるにしても皮肉っぽいのが人国記の魅力の一つ。この書き方はかなり褒めてる感じがするよ。

※12 原文は「然ども都て怠惰之気甚き国風にて物のしまる事すくなく退屈の体のみ多く」。「都て」というのは「全て」の意味で、「退屈の体」は暇人のことではないか……と意訳気味に解釈した。

 この部分はあまり自信がないので、詳しい方は教えてくださるとありがたいです。

※13 注釈とは関係ないが、淡路島Tips。現在兵庫県に属してる淡路島が、なぜ南海道に属しているかピンと来ない人もいるだろう。実はねぇ、淡路島が兵庫県南部(播磨国)と一つにまとめられたのは明治維新あたりの時代からなんだよ。

 それまでは長い間徳島県阿波国)の属国的な立ち位置であったという。そんなだった淡路島がなぜ兵庫県に属することになったのか……はwikipedia先生の「庚午事変」の記事が詳しい。淡路島好きは要チェケ!

 

阿波国徳島県

 阿波国の風俗は、だいたいがしっかりした気風で、知恵も持っている。意地をしっかり感じ取れる者が十人に七、八人もいるくらいだ。しかし、持っている知恵のせいで、せっかく感じ取れていた意地を忘れて、道を変えてしまうこともある。[※14]

 それでも人を騙したり、強盗を行ったりするたぐいの者は、きわめて少ない。武士の風俗はその最たる所であり、意地が強い。とはいえども、やはり賢しらな知恵がかえってあだともなる。[※15]

 三好・麻植・名東・名西の四郡は形儀一番。勝浦・那賀・板野・阿波・美馬の五郡は少々心細きところがある。[※16]

 

※14 これが何度目の説明になるかはわからないが、人国記の著者は「意地」が大好き。恐らくは「がんとして曲げない心の強さ」的な方向性だろうけれど、何にせよ武士は意地があってなんぼ。そういう人なのである。

※15 これが何度目の(略)、人国記の著者は「賢しらな知恵」が嫌い。武士はこずるいことをせず、正々堂々意地を貫け。そういう人なのである。

※16 こんな零細ブログに「形儀の現代語」と検索してやってきてくれた人がいた。その人へのささやかな感謝を口実として、人国記の中で使われる「形儀」という言葉の、僕なりの解釈をもう一度説明するよ。

 基本的に「形儀」という言葉は行儀作法的な「伝統的に行うべき・守るべきこと」という意味をさす。そして、人国記の著者おじさんの好みとしては、「伝統的で守るべきこと=武士があるべき道」ということになる。

 だから「この国は形儀よし」とあれば著者おじさんお気に入りで、「この国は形儀に劣る」とあれば著者おじさんがお気に召してないってこと。まだ途中途中の段階だけど、恐らくはそういう感じに思える。

 

讃岐国香川県

 讃岐国は風俗も気質も弱く、邪な知恵者が百人の内半分ほどいるような所である。

 武士の風俗もまた賢しらで、方便によって立身出世すべきなどと思う風儀である。

 かねてから聞き及んでいた所と何ら変わらず、大内、寒川、三木、三野、山田の五郡もこれに同じである。

 

伊予国愛媛県

 伊予国の風俗は、概ね半分半分に分かれている。東郡七、八郡は穏やかな気質で、誠実さに溢れている。これより西郡はとかく気が強く、誠実さが少ないように見える。

 昔からこの国には海賊がはびこっており、今もなお徒党を立てて身を立てる賊が多い。関東の強盗とこの国の海賊は同じものだと言えよう。[※17]

 武士の風俗は一段と手強いといえども、武士道を吟味すること無く、危なきことのみ多い風俗ゆえに、この国の人の気質が変わることなど、末代までありはしないだろう。

[※18]

 

※17 原文は「誠に関東之強盗是国之海賊同じ業に而」。「関東の強盗は全て伊予国の海賊なのである」とも解釈できなくもないが、位置関係上でも文章的にも無理がある。ゆえにここでは二つが同じようなもの、という言い回しでお茶を濁した。

※18 原文では「末代も人之気質に替りは有間敷ものなり。」間敷は否定の意で、有るが無いから「ありもしない」的な意味。「末代まで人の気質が変わりはしないだろう」と訳しても良かったが、原文の言い回しを残せるように訳した。

 

土佐国高知県

土佐国の風俗は、どこまでもまっすぐであり、気質素直なる国風である。このようであるのは、かつてから武士、町人、百姓に至るまで。とりわけ土佐・長岡・吾川の三郡がそうである。

そして、この気質は鳥獣にも備わるものなり。サルについても、この国では良くしつけられているけれども、遠国であるので言葉遣いは粗暴だ。心の底からまっすぐなのだろう。[※19]

 

※19 遠国とは「都から離れた遠い国」を指す分類方法。要するに田舎扱いされてるのだ。

 カンの良い方はもうお気づきだろうが、この唐突におサルを褒める文章は皮肉であろう。「土佐国の人々はサルのように粗暴な振る舞いだけれども、野生的なのもあって素直な性格をしてる」という内容を言いたいのだと思われる。

 著者のおじさん的には、褒めてるんだと思う。……多分だけど。

 

 

クレジット(敬称略)

底本にさせていただいたサイト:隆慶一郎わーるど・文献資料室

底本として使ったページ[http://yoshiok26.p1.bindsite.jp/bunken/cn14/pg511.html]

 

文献資料として:国会図書館デジタルコレクション「旧新人国記」「六十六州人国記

記事のアイキャッチ画像として:和風素材.com「人国記/ 河内國

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